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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2918号 判決

控訴人 野村年男

控訴人 柿沼一男

右両名訴訟代理人弁護士 新井嘉昭

右訴訟復代理人弁護士 下井善廣

被控訴人 片岡寛一

右訴訟代理人弁護士 早川庄一

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張および証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから(ただし、原判決四枚目表六行目「二四、」とあるのを「二四〇、」と訂正する。)これをここに引用する。

理由

一、請求原因1の事実は、控訴人野村の運転する車が加害車であるとの点を除き当事者間に争いがなく、《証拠省略》をあわせると、

(一)  控訴人野村は、昭和四六年二月一五日午后〇時三〇分ころ、普通貨物自動車(群四ふ一七六〇)を運転して、南北に直線で走る幅員五・四メートルの県道江口館林線道路(以下「甲道路」という。)を館林方面より田島方面へ向け時速約六〇キロメートルで南進し、群馬県邑楽郡明和村大字南大島六〇五番地先の、右甲道路と東西に走る幅員約二・七メートルの道路(以下「乙道路」という。)とがT字型に交わる交差点(同交差点の乙道路と反対側には更に西に入る狭い道路があるが、車輛通行の関係ではT字型交差点と考えてよい。)の入口から約四五メートル手前の地点に差しかかった際、乙道路が交差点に入る直前にある甲道路と併行して存する用水堀上にかかった橋の上を、原審共同被告坂上安弘の運転する普通貨物自動車(群四ふ四七〇七。以下「坂上車」という。)がゆるやかな速力で交差点の方向に進んでいるのを発見した。しかし控訴人野村は、右交差点においては交通整理が行われておらず、他方甲道路は乙道路より明らかに幅員の広い直進道路である関係上、坂上車は当然交差点の手前で停止するものと思い、そのまま進行を続け、ちょうど自車の前方約三五メートルの甲道路左側を自転車に乗って南進中の被控訴人を追い抜くべく、センターラインを越えて右にややふくらむような形で走行し、交差点の手前約一五・六メートルの地点に来た時、坂上車が交差点に進入、右折して来たのに気づき、急遽ハンドルを左に切って急停車の措置をとったが間にあわず、折からみぞれ模様の天候で路面がぬれていたためもあって、自車車輛の後部が大きく右にスリップして坂上車の右前部フェンダー附近に激突しその反動で車輛後部が左に回転し、そのまま約一〇数メートル走行して後向きの姿勢で左側用水堀に突っ込んで停止したが、右衝突の際の反動で車輛左側を被控訴人の自転車に接触させ、自転車もろとも用水堀に転落させ、上記のような傷害を負わしめた。

(二)  坂上は、当時、前記貨物自動車を運転して乙道路を西進し、前記交差点手前の橋の上でいったん停止したのち発進し、当初時速約五キロメートルぐらいの速力で、その後次第に加速しながら右折の形で交差点内に進入し、約九メートルほど進んでほぼ右折を終った瞬間に控訴人野村の運転する自動車と衝突したものであるが、右衝突の地点は甲道路の西側の交差点北側入口から約五メートル北に入った場所であり、坂上車は衝突後その反動で甲道路西側の木柵に頭を突っ込んで停止した。

以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、控訴人野村が最初に前記橋上を坂上車がゆるやかな速度で走っているのを認めたのは、坂上車が右橋上でいったん停止してから発進を開始したのちのことであり、また、次いで同控訴人が坂上車の交差点内進入に気づいたのは、坂上車がある程度深く交差点内に進入してからのことであると推断される。そうであるとすれば、前記のように甲道路は直線道路で、前記橋上にある自動車との間に視野を妨げるものは何もなかったのであるから、控訴人野村が前方注視義務を厳格にまもっておれば、同控訴人は実際に坂上車を発見した地点よりも相当手前の地点でその存在に気づいたはずであり、かつ、その時から同車の観察を継続しておれば、同車の動静を正確に把握することができ、その後の対応のし方にもおのずから異なるものがあったであろうと考えられる。更にまた、同控訴人が交差点の手前四五メートルの地点で坂上車を現認した際にも同車は現にゆるやかな速力で橋上を走行していたのであるから、同車が交差点手前で停止するものと安易に速断することなく、自車との距離関係からみて交差点内進入の可能性があることに思いをいたし、坂上車の動静に注意を払い、あらかじめ対応措置の心構えをしておれば、同車の交差点内進入をより早い時点において察知し、適宜の衝突回避措置をとることができたと考えられるのである。しかるに控訴人野村は、いずれも右のような注視義務を怠り漫然と坂上車が交差点前で停止して自車の通過を待つものと軽信し、同車の動静に深い注意を払うことなくそのままの速力で進行を続け、その結果衝突回避が不可能な地点においてはじめて同車の追入に気づき、回避措置をとったが及ばず衝突にいたったのであるから、同控訴人は本件事故発生につき過失があるといわざるをえない。もっとも、坂上車も交差点手前で停止し、次いで発進するに際して右方甲道路上を十分に注視せず、そのために控訴人野村の運転する車が南進してくるのに気づかないまま交差点内に進入右折した点において過失の責を免れないが、このことは控訴人野村の上記責任を阻却するものでないことは明らかである。また、本件交差点においては交通整理が行われておらず、甲道路は乙道路に対して明らかに幅員の広い直進道路であるから、甲道路を走行する控訴人野村の車は坂上車に対して道路交通法上優先車輛にあたり、したがって、一般的には同控訴人において坂上車が交差点手前で停止して自車の通過を待つものと期待してしかるべきであるといえるけれども、かかるいわゆる信頼の原則も絶対的なものではなく、当該他車の動静や自車との距離関係いかんによっては右他車の交差点内進入の可能性が十分に存しうるのであるから、優先車輛運転者といえども右他車の動静に注意し、不慮の場合に対応しうる用意をしておくべきものであり、漫然信頼の原則に依拠してこのような注意を怠ることは許されないというべきところ、控訴人野村が本件においてかかる注意義務を怠ったことは前記のとおりであるから、同控訴人においていわゆる信頼の原則を採用して本件事故につき自己に過失なしとすることはできない。

右のとおりであるから、控訴人野村は本件事故によつて被控訴人がこうむった損害を賠償すべき義務があり、また控訴人柿沼も、控訴人野村の運転する自動車の運行供用者として(この事実は当事者間に争いがない。)同様の義務を免れない。

二  被控訴人が本件事故によってこうむった損害の内容および数額についての当裁判所の判断は、原判決理由三と同一であるから、これを引用する。

三  そうすると、被控訴人の控訴人両名に対する本訴請求はすべて理由があり、これを認容した原判決は正当で、本件控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につきき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判裁判官 中村治朗 裁判官 高木積夫 裁判官蕪山厳は差支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 中村治朗)

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